もう10年くらい前になりますが、皇族関係の方のご紹介でダライラマ法王猊下にお会いしました。

インドのデリーからダラムサラまでバスで片道14時間。

日本からは宗教関係者や財界、司法界の名士の方など数十名の方々とご一緒しました。

ダラムサラは活気に溢れていて、初めてお話しさせていただいたダライラマ法王は、通訳を通さずダイレクトに英語でメッセージされる強さと優しさを兼ね備えた素晴らしい方でした。

信仰のない私に、優しく語りかけてくださったダライラマ法王の言葉はとても深く残っています。

それは、、。

【20世紀は諍いの時代であった。

21世期は平和な時代であってほしいと願っています。

だけど真の平和はとても長い時間がかかる。

なぜなら、平和というのは全員が平和でいよう、と思わないと平和にはならない。だけど戦いはたった一人が始めようと思えばすぐに起こってしまうからだ、と。

だけど私は諦めていません。いつか、自分の現世が終わりまた次の時代になってもまた、私たちは平和であり続ける様に続けていかなければ、、、】

そんなことをおっしゃいました。

戦争の話は辛くなりますよね。

沖縄戦のお話し、広島、長崎のお話し、大空襲、シベリア、南方戦線、などなど。私もあまりに辛くなるお話はどこかで心に入れるのを避けていた気がします。

コロナ禍で、人類が新型ウイルスという共有の手強い敵と闘う時に、まさかこんなに自分たちのことばかりになるとは正直思っていませんでした。

買い占めに走ったり、店員に罵声浴びせたり、感染した人を非難したり、医療従事者の人たちや家族を差別したり。

不安になると、人間はこうも脆く暴力的にて暴走していくのだと、改めて人間を本質的に考える機会になりました。

国際間でも、共通の敵と手を取り合って戦うどころか、武漢ウイルスなどという言葉で意味なく他国を侮辱したり、それを大統領がやっちゃったり、もうぶっちゃけ、ぐっちゃぐちゃ!

そんな時に思い出すのが、「争いは一人で始められる、平和は全員が決めないと成り立たない」とおっしゃったダライラマ法王のメッセージでした。だから、平和が難しいのだとも、、。

人類が石器を使い始めて200万年、今のように大きな集団で暮らし始め脳を発達させたある種族だけが、その後20万年前くらいに組織を作り出し、今現存する私たちの祖先と言われています。

集団になることで生き残ってきた私たちが、集団であることで滅びるのは本当に避けなければなりません。

終戦の日に思う。

私たちは、コロナ禍の中で本当に平和でいる!と決めなければ平和は守れない。

国家間の戦争だけじゃなく、目の前の人に「理性を持った優しさ」で接することができるのか?私たちは本当に20万年前から今まで進化してきたのか?

綺麗事や理想論ではありません。

みんなで力を合わせるのが綺麗事で、エゴと欲望のかたまりになることが現実的だとうそぶく人もいますが、それって原始のコミニティーとほとんど変わってないのでは?

私たちは文明も科学も発達させてきました。

地球が悲鳴を上げるくらい経済も発達させました。先の戦争では自分たちで地獄を作り出してしまいました。

そろそろそれに見合った精神性も磨く時期にきていますよね。今がギリギリ。

スピリチュアルではなく生き残るためのモラルとして。

人類の叡智がいま医学や科学だけでなく精神面でも問われている気がしています。