まだ、真相が何もわからないので安易なコメントはしたくないのですが、つい先ほどエンターテイメントについて書いたばかりでしたので、舞台キンキーブーツでの素晴らしい演技を見た三浦春馬さんがお亡くなりになったことは本当に驚きでした。
自殺という報道がなされていますが、仕事も順調に見えてトラブルも感じられない、しかも若い健康な彼に何があったのか?はまだまだ闇の中です。

ある精神病院に緊急搬送された自殺未遂を起こした男性のカウンセリングをしていたときにその方が淡々と、私に言った言葉がとても印象的でした。
「自殺について馬鹿なこととかわかっているんですけどね、なんか時々こう、衝動的にね、、取り憑かれちゃったみたいに、、やっちゃうんですよ。だからね、2度とやらないって、約束できないんですよ。なんかね」

もちろんそこに至るさまざまな出来事やメンタリティは私には理解できたのですが、ご本人は時々やってくるその衝動を作り出しているいくつかのものには気がつかず、悲しいというより不思議そうに話しているように見えました。

大きな悩みを持っているとか、常に落ち込んで頭を抱えているとか、悲しそうに振る舞ってるのではなく、おそらく周りの人も前兆など分からない。

おそらく本人ですら、わからないかも。
カウンセリングでは「自分と対話する」と言いますが、自分の中にある小さな声をちゃんと聞いてあげる。心理カウンセリングはそういう意味では大切な「自分と対話する時間」なのです。

小さなストレス、期待への重圧、周りのイメージとの素の自分のギャップで垣間見える未熟さや弱さ、、、。
まるで空気を入れ替える大切なフィルターに少しづつ埃が溜まっていって、息ができなくなってしまうように、、。

そのうちもう元々の悩みの原因はどうでもよくなるけど、その時には息苦しさは自分では抱えきれないものになっていて、そこから逃げたくて、、ただ、休みたくて、その行動を起こしてしまう、なんてことはあるんだと思います。

心が弱いとか、大きな悩みだけではなく、「頑張る人ほど」「強くありたいと歯を食いしばれる人ほど」
自分の中にある弱音を押し殺して、自分でも気がつかないまま、(周りから見たら突然)行動を起こしてしまう事もあるのだろうと、感じてしまうのです。

厚労省の自殺対策のSNS相談を、通年で全国心理業連合会のプロフェッショナル心理カウンセラーのみんなとやらせていただいていて、もう3年。
今の若者達にとって、その衝動は結構、彼らの近くにありつづける事を身をもって実感している日々でした。

ましてや高ストレスであろう、表現のお仕事や、有名人として誰にでも気軽に弱音を吐けない立場も拍車をかけたとしたらあまりにも、悲しくなる若い命の結末ですね。

心からご冥福をお祈り申し上げます。 
そして、もっと気軽に、もっと小さなことでもちゃんとSOSが出せる仕組みであるSNS相談を、もっと私たちは真摯に考え取り組んでいかなければならないと思うのです。

本当に彼の舞台での笑顔は素晴らしかったです。
カーテンコールの彼の姿が今でも目の奥に焼き付いて離れません。